ファンド・ライジング・コンサート。

先週、パディス・デイを前にして、
上司のバーバラがきっぱりと言いました。
「うちの大学でも義捐金を集めましょう。
小さくてもいいから、とにかくできることをやりましょう。」



バーバラも、かつて10年も日本に住んでいましたから、
友人知人も多く、今回の地震は他人事じゃないと感じていたようです。



それからわずか一週間の間に、いろいろな方々のご協力を受け、
本日、ファンドライジング(義捐金)コンサートを
開催する運びとなりました。






最初は、「じゃあせっかくだから
日本人がアイリッシュを弾くコンサートでもやろうか」くらいの
頼りない点から出発した企画だったのですが
それから次々と賛同者が集まり、
結果的に、予想をはるかに越えた、
ものすごくいいコンサートになってしまいました。






まずはバーバラが開催のご挨拶。
ランチタイム・コンサートですから、
昼の短い時間に開催したのですが
そんな条件にも関わらず、たくさんの人が集まってくれています。





それから、「カントラル」という
古いチャントを専門に歌っているグループが、
祈りの曲を1曲歌ってくれました。
ここからコンサートの始まりです。





続いて、音楽学部の学部長でもある
ミホール・オサリヴァン大先生から、お言葉と詩の朗読。



ミホールは、傍から見ている限り、
どのコンサートへ行っても同じ持ち曲を弾き回すだけで新鮮味がなく、
そのくせ大物として扱われることが大好きで、社交好き話好き、
有名ではあっても、結局はトラッド界の上の方に
あぐらをかいて座っている、名前勝ちの作曲家兼ピアニスト。
という印象でした。
(↑ものすごく失礼なこと書いてますね。すみません。)



でも、今日のコンサートには
忙しいスケジュールを縫って参加してくれて、
ピアノで(いつもの持ちネタではない、本当にその場の)
インプロヴィゼーションを披露。
コンサート直前まで、会場でライティングのチェックや録音の手配をし、
「本物の」コンサートっぽく仕上げてくれました。






傍で見ているだけの人間の印象なんて、本当にいい加減なものですよね。
よく知りもしないで、すみませんでしたミホール。




このミホールの後に、私とハジメくんが、
日本人参加者として演奏しました。
ジグ2曲のセットと、歌からリールへ移るちょっと日本らしいセット。
さすがに写真は撮れませんでしたが。A^^;



もちろん、プロのミュージシャンである他の奏者に比べたら
私の演奏なんてまるっきりへなちょこなわけですが、
それでもハジメくんのギターになんとか支えてもらって
聴いている方々からも温かい目で見守っていただきました。




続いて、ハジメくんと、彼の友だち2人によるすばらしい演奏。





コンサーティーナのリアムとも、
アコーディオンのスティーブンとも
パブやステージで何回か一緒に弾いたことはありましたが、
こうして改めて音響のいいシアターで聴いてみると
その落ち着きやリズムの良さ、波のような強弱の心地よさ、
少しずつ変化して決して同じところに留まらない旋律の流れなどが
手に取るように判って、本当に引き込まれてしまいます。



3人の音が見事に調和して、
ああ聞かせるなあ〜、と思わせる舞台でした。
ハジメくんによる2人の紹介が、これまたおもしろかった上に、(^^)
なんだかトラッドの空気をなみなみと湛えるMCで、聴衆大ウケ。



「えーと、スティーブンは電気製品を修理するのが得意です。
 壊れた電気製品があったら、
 スティーブンのところに持ってきてください。
 あと、あっちのでかいヤツがリアムです。
 ぼくが知っている中で、いちばんでかい男です。
 じゃあ弾きます。」



彼の人柄と演奏の腕がなかったら、
この義捐金コンサート自体が成立しなかったかもしれない中で
実に飄々と、いかにもミュージシャンらしく、
決して驕らず偉ぶらず、
完全に聴衆を虜にしていたハジメくんには、
感謝と賞賛の気持ちでいっぱいです。




それから、同じく音楽学部の講師であるサンドラ・ジョイスが
スコットランドの古いトラッドを歌いました。





きれいだったなーーー。
最初に歌ったカントラルが、
訓練して磨きあげた教会用の歌声だとすれば
サンドラの歌はまさに「人間の声」という感じ。
大地から二本の足で立ち上がり、空を仰いで太陽を浴びる
土のにおいに包まれた、か弱くも真に強い人間のイメージです。



古代スコットランド語だったので、
意味はぜんぜん判らなかったけれど
いいものを聴いた!と、心に光がさすような歌でした。
本当にすばらしかった。



その次はナイアル・キーガン。
もうこの辺で、こんなにたくさんの有名ミュージシャンたちに
無償でコンサートに参加してもらって、本当にいいんだろうか…
というような気持ちになってきていたのですが



彼らからは逆に、「日本の人たちのために演奏したい。
少しの時間でもいいから参加させてほしい。
僕の出番を削らないでくれ」と頼まれるほどでした。



ありがたくてどうしたらいいか判らなかったです。




さて、このナイアルのセットの中で1曲、
ニックというシャン・ノースのダンサーが
参加して色を添えてくれたのですが



彼は・・・・まさしく天才だと思いました。





あくまでシャン・ノース・ダンスでありながら、
他の誰にも似ていない。
独創的でクリエイティブで、
それでいて、真っ当なシャン・ノース・ダンス。





普通、シャン・ノースを踊る人は
靴音を強めに響かせることが多いのですが
彼は徹底して軽い、まるで床を掃くようなかすかな靴音を鳴らします。
でもその音数の多さ、リズムの正確さ、多様性、
音の種類の複雑さと豊富さ、
それでいて全体が羽のように軽いこと!





こんなシャン・ノース・ダンスがあったなんて。
まさに芸術!!! 
ひときわ大きく拍手せずにはいられないパフォーマンスでした。





さて、そろそろプログラムも終わりに近づいてきたから
義捐金用のバスケットを用意せねば…と、
このへんで頃合を見計らって会場の後ろのほうへ移動したところ
ドアの近くで突然、「ヒロコ!」と声をかけられました。



「演奏、よかったよ。とてもいい音がでていた。よくやったね。」



温かい励ましのお言葉に、ふと顔を上げて声の主を見ると・・・
「えっ!? マ、マーティン!? 
 なんで? なんで今日ここにいるんですか!?」
なんと、予想だにしていなかったマーティン・ヘイズご本尊が、
ドア脇に立ってコンサートを聴いておられました。



「おととい、アメリカから帰ってきたんだ。
 昨日から大学に来ている。
 今回は過酷な地震だった。日本は本当に大変なことになっているね。
 あんなにすばらしい国なのに、とても心配だ。」



折りしも舞台では演奏を終えたナイアルが、
コンサートに特別ゲストが来てくれた、
と聴衆に話しているところでした。
「ご紹介しましょう。マーティン・ヘイズ!」



そしてマーティンは当然のようにステージに上がり、
フィドルのケースを開けたのです。



「今回のカタストロフィは計り知れない自然の力で、
 誰にもどうすることもできない悲劇でした。
 でも30年前だったら、ぼくたちアイルランド人にとって
 日本で起こった地震は、
 遠い国の遠い話で終わっていたかもしれません。
 

 でも、いまはもう違います。
 たくさんのアイルランド人が日本に行き、
 たくさんの日本人がアイルランドに来ています。
 特に音楽やダンスを通しての交流は、
 とても強く確かな絆になってきていて
 ぼくはそんな人々を通して日本を知ることができたことを、
 幸運だと思う。


 あんなふうにあたたかく他人や他の文化を理解し、手厚くもてなし、
 心深く、誠実で、豊かな文化を持った人たちが
 遭遇せざるを得なかった、この悲劇の犠牲者のために
 まずはラメントを弾きます。」






いやあ・・・義捐金よりも何よりも、
このマーティンの演奏を、日本の人たちに届けたかったーーー。
すべての演奏を、そのまま日本のみなさんに送りたかったです!!



こんなにいいミュージシャンたちが、
誰かの、今困っている日本の人たちの、
力になりたいという気持ちで
すばらしい音楽を聞かせてくれました。



pricelessとは、まさにこのこと。



コンサートの終わりには、会場は満員で、
立ち見の人もたくさんいました。






なんだか、やたら長い記事になっちゃってすみません。
でも、やっぱり、
アイルランドの音楽やダンスを知っている日本の友だちに
こんなことがあったよ、と、伝えておきたかったので。



うん。



本当にありがとうございました。